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レトロとは。

今日書きたい内容を先に箇条書きにすると、以下のようになります。

レトロゲームの「レトロ」というのは、ゲームそれ自体ではなく、ゲームを取り巻く思い出、懐古、時代、その時の自分の環境だったりすると思います。

・だから、レトロゲームの定義は人によって変わります。人によってはプレステ2レトロゲーム機ですし、人によってはスーパーカセットビジョンは次世代機です。

レトロゲームが好き、という人にも、実際にはゲームそれ自体というより、そのゲームをやっていた頃の追憶が好き、という人もいらっしゃるようです。欲しいものはゲームそれ自体というよりあの頃ゲームを遊んでいた自分、というような。

・けど、思い出とかその頃の時代背景とか、そういうもんを取っ払っても、面白いレトロゲームタイトルは超絶面白いと思うんですよね。それこそ最新のゲームにも全く負けないくらいに。

・そういう、「最新のゲームとタメをはるようなレトロゲームの楽しさ」をたくさん伝えていきたい。


うん。大体言いたいことは言ったような気がします。


レトロゲームブログを名乗っておいてなんなんですが、少なくとも私の中では、レトロゲームの「レトロ」という部分ってあんまり重要じゃないんですよね。

私の好物のゲームをずらっと並べた時、その中にファミコン時代のゲームと、そのちょっと後くらいのゲームの含有率がかなり多いので、分かり易くレトロゲームブログと言ってはいるのですが、私にとって「レトロゲーム」とは「懐かしむ対象」ではないのです。現役で遊んでおり、現役で発掘する対象なのです。


私が今でもイーアルカンフーを週一回遊んでいるのは、単純にそれが楽しいからです。

私は今でも、今まで遊んだことがなかったファミコンのタイトルに出会って、「こんなに面白いとは!」とびっくり仰天することがあります。すいません、ドナルドランドとかアルマナの奇跡とか、正直舐めてました。


ゲーム自体の面白さ、遊びの面白さって、結構普遍的なものだと思うんですよ。鬼ごっこの、かくれんぼの面白さが普遍的なものであるように、「遊び」としてのゲームの面白さは、いつやっても変わるものじゃない。


「遊んでいた頃の、楽しかった思い出」「熱中した思い出」っていうのは、確かに面白さを強烈にブーストするスパイスではあるんですけど、それはゲームそれ自体にとってのコア要素じゃない。思い出があろうがなかろうが、サムライソードはサムライソードだし、カリーンの剣カリーンの剣です。

あるゲームを面白く感じるかどうかは人それぞれとはいえ、「ある人にとって昔面白かったゲーム」は、「今、遊んだことがない人」にとっても十分楽しめる可能性があると思うんです。


かつて、ファミコンタイトルの最大の弱点は、「見た目のチープさ」と「流通経路の薄さ」でした。しかし、スマホアプリが百花繚乱の今の時代、見た目のチープさは致命的な問題ではないし、バーチャルコンソール他さまざまな経路が出来てきた今の時代、流通経路も決して薄くはない。


とすると、今という時代は、レトロゲームは、決してレトロなだけのジャンルじゃないんだよ」ということを主張するのに、これ以上ないくらい絶好のタイミングなんじゃないかなあ、と私は思ったりするわけなんです。


最近ちょっとレトロゲーム分野が手薄でしたけれど。いちレトロゲームブロガーとして、「昔、このゲーム面白かったよね」ではなく、「このゲームを!!今遊べ!!!後悔はしないから!!!!!」という思いを、引き続き読者の皆さんに叩きつけていきたいと思う次第です。