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ゲームとは。


私にもそういう記憶、あります。例えば学生時代に交わした、「飲みにいこうぜ」「すまんゲームやってる」「暇なんじゃん」という会話。自分にとっての大事な時間が、「暇な時間」とみなされることの理不尽さには結構悲痛なものがあります。

確かに、ゲームを「暇つぶし」と考えている側と、ゲームをやる時間を必死にひねり出している側とでは、根本的に時間間隔は合わないでしょうね、と思うわけです。我々ゲーマーにとって、ゲームとは「時間を作ってやるもの」なのであり、「その時間はゲームやるから」というのは「その時間は仕事するから」とか「その時間は子どもと遊ぶから」というのと少しも変わらず、大事な行動計画なのです。


「ゲームをする時間」というものは、ゲーマーにとって、必死に作った大事な時間なのです。


ただこれ、ゲームでよく聞く話ではありますが、考えてみるとゲームだけの話ではないなあ、と。自分にとって理解出来ない時間の使い方を耳にした時、結構同じような反応しちゃってないかなあ、と。


例えば、音楽を「電車の中の退屈な時間を埋めるもの」としか考えていない人にとっては、「自宅で音楽を聴いている」と聞いたとき、「暇なんだなあ」としか感じられないかも知れません。

例えば、漫画を「空いた時間に退屈しのぎとして読むもの」としか受け取れない人にとっては、「漫画読んでる」と聞いたとき、「じゃあ俺につきあえや」と思ってしまうかも知れません。


時間の使い方というのは人それぞれですし、何かをしている時の時間の価値というのも人それぞれです。当たり前のことのようですが、他人の時間の価値というものを、他人が推し量ることは簡単なことではありません。

これは、例えば夫婦間でも、親子間でも、同じようにいえることだと思うのです。

例えば、子どもが夢中になってやっていることが、親にとっては余計な手遊びに見えるかも知れません。それを「そんなことやってないで勉強しなさい」とぶった斬ってしまうのも、勿論TPOにもよるのですが、慎重に考えないといけないなあ、と。時にはじっくり待ってあげることも必要だよなあ、と。


自分には理解できない時間の使い方でも尊重できる人になりたいなあ、と。また、そういう人が増えるといいなあ、と。

そんな風に考えたわけなのです。