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バルーンファイト。

ファミコンで「ドッグファイト」を表現した、最初のゲームなんじゃないか、と私は思うのです。


1983年~1985年あたりのファミコン市場は、一言で言ってしまうと「任天堂と愉快な仲間たち」が形成していました。ファミコン最初期の任天堂タイトルが、一から十まで一作も漏らさず佳作・名作揃いだったこと。それ抜きで、後のファミコンの隆盛はありませんでした。

前にも書いたことがありますが、1984年後期から1985年初めくらいのファミコンゲーム発売タイトルをざっと見た時、「当時の任天堂のスタッフが全員妖怪だった」という以外の結論を導出することは極めて困難です。

1984年11月2日 F1レース、同11月2日4人打ち麻雀、11月14日アーバンチャンピオン、11月22日クルクルランド、11月30日エキサイトバイク、85年に入って1月22日バルーンファイト、1月30日アイスクライマー。一本のゲームが数人、場合によっては一人で開発される時代だった、ということを考慮に入れても、一体どんな加速装置を使えばこうなるのかとしか言えない凄まじい過密スケジュールであることは議論を俟たないでしょう。当時の任天堂にはドラえもんでも実装されていたんでしょうか。


この傍ら開発がすすめられていたと考えられる、「ファミリーベーシックV3」は2月21日に発売されています。その後の、4月9日サッカー、6月18日レッキングクルー、6月21日スパルタンX、というスケジュールも今から見れば十二分に頭おかしいのですが、それでも1984年11月の妖怪スケジュールに比べれば、まだなんぼか納得感があると言っていいと思います。


強調しておきたいのは、ここで挙げたタイトルの中に、「面白くないゲーム」というものが一本たりとも含まれていないことです。F1レースは当時の基準からすれば常識外れのド迫力でしたし、4人打ち麻雀はお父さんたちの腰をファミコン前に落ち着けるのに一役買いました。アーバンチャンピオンは「対戦格闘」というもののルーツの一端を担っていますし、クルクルランドの宝探し感は鮮烈でした。「横スクロールジャンプアクション」に近いゲームを実現したエキサイトバイクは爽快感に溢れていましたし、アイスクライマーのポポとナナのジャンプ力は「お前らなんでオリンピック出ないの?」というレベルでした。

 

・何故なら、そこに「Aボタン」と「Bボタン」があったから。


ゲームシステムというのは、開発者の思想です。とりわけ「操作系」というのは、「このゲームをどう遊んで欲しいか」という、開発者の思想が如実に現れる部分です。

バルーンファイトに現れている開発者の思想というのは、私が考える限り、多分「メリハリ」だと思います。


キーワードは二つあります。「操作のメリハリ」と、「上下のメリハリ」


上記動画を見ていただければ一目瞭然ではありますが、バルーンファイトは、空を飛んで敵の風船を割っていくゲームです。プレイヤーは、風船を担いだ主人公キャラクターを縦横無尽に操って、あちこちを飛び回る敵の上をとり、敵の風船を割っていきます。


元ねたの「ジャウスト」と違って、バルーンファイトには二つのボタン操作があります。

Aボタンが、ゆっくりとしたパタパタ羽ばたき。Aボタンを押すと、プレイヤーは一瞬手を動かしてちょっとだけ浮き上がり、その後すぐ下降を始めます。

Bボタンが、高速のバタバタ羽ばたき。Bボタンを押していると、プレイヤーは水面下の白鳥かよって勢いで物凄くバタバタと手を動かし、上方向に高速のベクトルを持ちます。
まず、この二つのボタンが生み出している「操作のメリハリ」こそが、バルーンファイトというゲームのひとつの重要なエッセンスなのです。

バルーンファイトは、要所要所でかなり細かい操作を必要とされます。細かい地形を交わしたりとか。雷と敵に挟まれたところから脱出したりとか。バルーントリップでは何をかいわんやです。

一方、バルーンファイトでは要所要所で非常にすばやい動きを必要とされます。高い位置を急いで確保して、敵の頭上を取ったりだとか。逆に、敵に頭上をとられた場面から急いで逃げ出したりであるとか